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2024年11月22日  10時57分
鈴木清順
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 昨日は、世間一般では休みと云う事ですが、私達五反田BRANCHでは自由参加の学習会と云う事で、本郷の東大博物館に行って参りました。

東大に行く切っ掛けは、先日酒場で知り合った、不審な酩酊した男が差し出した名刺でした。
 彼の肩書き「東京大学総合研究博物館・館長」と云う物でした。
酒場で酩酊し乍らも、自分の運営する博物館のPR活動を怠らない館長さんの心意気に感動しての勉強会な訳です。
 勉強前には取り敢えず腹ごしらえです・・。学内に入るや否や学食に直行です・・。
今年に入って、京大の学食と東大の学食を制覇する事に成るとは夢にも思っていませんでしたが、頭の良い人の食べている物には興味が在るので、先ずは学食の調査です・・。

久々の手を付ける前の模範的な画像ですが、大量のヒジキに驚愕です・・。
これが頭のイイ秘密なのでしょうか・・。日本の未来も明るいです・・。

食べたら勉強です。学内でも端に追いやられている博物館を探して、我々は進みます。
 日本でも有数な資料を収蔵し乍らも、日本一分類の出来て居ない、ダメダメな博物館です。現在の展示内容も、骨格標本の展示が主で、よくぞ出し惜しみして居たなと感心させられる様な充実した内容なのです・・。
 そこいらの、最近出来たレプリカだらけの博物館とは違い、歴史の在る博物館なのです。標本箱の中の骨が包まれている新聞紙自体も発掘当時の物で、新聞紙自体も文化的に価値の在る研究材料だったりするのです・・。恐るべし東大
 館内のボランティアスタッフの方に伺ったのですが、在学中に訪れた事の無い学生も多く、学内でもその存在と、収蔵品の全容は把握出来て居ないと云う、世界的にも稀な博物館と云う名を欲しいままにしている様なのです・・。
 日本中にある、レプリカだらけの偽装博物館を建設するよりも、東大博物館の分類仕切れて居ない収蔵品を、展示する方が、学術的には価値の在る事だと思いますが、如何な物なのですかね・・。残念で成りません・・。
 我々の勉強は一ケ所では終わりません、小学生の社会科見学並みに、次成る目的地に移動します。東大の弥生門を出た所に、弥生美術館と云う美術館が在ります。此の美術館は私の大好きな伊藤彦造、樺島勝一、高畠華宵と云った、大正・昭和初期の挿絵画家の作品を多く収蔵して居り原画も見る事の出来る、マニアックな美術館なのです。今行われている展示物も岩田専太郎さんの作品展です。彼の戦前戦後に渡る画業を目の当りにできる機会も中々在りませんが、画家の生涯を振り返ると云う物は、同じ美術の世界に生きて居る者として、色々な事を考えさせられます。
 作品に見入っていると、随行していたアヤちゃんが興奮した面持ちで近付いて来ました。興奮した彼女の口から発せられた言葉は「清順さんが居ました・・・」です。
 まるでツチノコでも発見したかの様な興奮振りです・・。因に清順さんとは日本を代表する映画監督の鈴木清順監督です。
私にとっては神様です・・。が此の美術館の一般のお客様にとっては只の病を煩っている老人でしか在りません・・。私が小学生の時、テレビの映画放送で「東京流れ者」を初めて観た衝撃から、今日に至っている訳ですが、彼の影響無しに今日の映像表現は語れない物が在ります。 
 私も有り難い事に、清順監督の作品では在りませんが、「ハーケンクロイツの翼」と「バラメラバ」という作品で、御一緒させて頂いた事が在ります。
清順さんは「ハーケンクロイツの翼」の中では主役の仲間のタチの悪い爺さんと云う役柄でインチキな茶道の家元と云う役柄です。その爺さんが己の心中を述べる場面が在るのですが、次の瞬間に壁が倒れて真っ白い世界成るのは、私の清順さんに対する熱いオマージュです。
 作品を見ている時は、声を掛けるのも失礼なので、階段の踊り場の椅子でお休みに成っている時に、御挨拶させて頂きました。老人なので勿論 私の事等覚えて居ないと思いますので、身分を紹介して、現状の話を伺いました。
 因に現況は、体調も宜しくないので映画を撮る予定は無いそうです。
この様な状況では、遠巻きに写メールを撮るのが最近の一般の悪い作法ですが、相手は病を煩っている老人です・・。話し掛ける事に由り、自分の存在意義を再認識して頂けるものと判断して、話し掛けてみました。これで寿命が一日でも延びれば良い事です。
 しかし、あの御高齢とベストでは無い体調であり乍らも、美しいものを求めて美術館に足を運ぶ姿勢に感銘を受けます。生涯勉強なのでしょう・・。頭が下がります。
 
 勉強の後は御通夜です。
仕事仲間の奥様がお亡くなりに成り、府中市の葬祭場に向いました。40代半ばで癌に蝕まれたらしく、残された御主人様の心中を察すると不憫で成りません。
 まだまだ やり残した事は在ると思いますが、話し相手を失うと云うだけで、辛い物が在ります。
離婚を選択する世帯が多い昨今、本当に仲の良い家庭を築いて居ただけに、残念でなりません・・。
 通夜と云えば献杯な訳です。
 イイ年になり、様々な葬儀に参列すると痛烈に感じますが、私の死んだ時も、私を肴に笑顔で酒を飲んでくれれば嬉しいと感じるので、容赦無く飲みます。
 昨晩も通夜に参列していた大道具のフクちゃんと御弟子さん達とで、百草園の桜寿司さんへ移動して、深く語りました。まだまだ語り足りない事が沢山在る、今日この頃です。
 ヒジキやら骨やら清順やら御通夜やら献杯やら慌ただしい一日でしたが、本日は告別式です。 参列出来ませんが、心中よりのお悔やみを申し上げます。
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2007年01月21日  09時42分
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