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2017年06月28日  04時05分
タジマハル
CATEGORY : [特殊な場所]
 東京にも、米軍の基地は何カ所も在りますが、其の中でもひと際規模のデカイ基地と云えば、福生市に隣接する横田基地と云う基地です。
  山田詠美さんの小説の舞台に成った場所でもあり、多摩地区と云う場所であり乍らも、其の周辺だけはアメリカンナイズされた、英語の看板が多かった町です。
 今でも其の名残は在るのですが、湾岸戦争や9.11のテロ以降、アメリカの兵隊達もすっかり軍服を着て町を歩く事も無く成りました。
 
 僕が此の町に初めて訪れたのも、20年位前の遥か昔と成りますが、其の時あたりから、道路の拡張や、時代の移り変わりに因り随分と町の風情も変わり始めています。
 
 此の町が最も賑やかだった時代と云うのは、ベトナム戦争の時代だったらしく、不毛な戦いに向かうアメリカの青年達を、買い物や飲酒と云う行為に因って、慰めていたのが此の町の人々だった訳です。
 
 そんな横田基地前の商店が軒を連ねる通りには、数多くのカスタムテーラーが点在しています。
日本に限った事ではなく、タイや韓国なんかでも外人旅行者や軍関係社相手のテーラーは、貴重な外貨獲得手段だった訳です・・・。
 欧米に比べて人件費が安く、手先の器用なアジアの国々は、いつの時代も彼らに服を供給し続ける訳です。
 そんな数多くのテーラーの中に、sasakittyがシャツを発注して居るお店があります。

 1950年代後半に、インドネシアから遥々日本に来たナヌワニさんと云う青年が開いたタージマハールという洋服屋さんです・・。
 
 そもそもナヌワニさんが何故日本と云う国に興味を抱いたのかと云えば、少年の頃に隣に棲んで居たおじさんが、嘗て日本に行った事が在った様で、極東の島国の素晴らしさを、まだ幼いナヌワニ少年に教えてあげた事が切っ掛けでした。
 美しい瞳を輝かせ乍ら聞き入った、「日本に行って見たい!」と云う夢を、いつしか少年は叶えて仕舞う訳なのです・・。
 福岡を皮切りに、知り合いのテーラーで修行を続け、神戸や赤坂、横田と云った場所で商売を拡大して行った訳です。
 70年代のピーク時には、六本木にも出店していた様ですから、インドネシアから来た少年は、マルコポーロも見つける事の出来なかった黄金を、手に入れて仕舞ったのでした・・。
 今は使われて居ない、倉庫の片隅を見せて頂いた事が在りますが、60年代のオーディオセットや、Uマチックのビデオデッキ、70年代のリコーのファックスと・・。
 その当時の稼ぎっぷりが伺い知れます・・。

 日本自体も高度経済成長時代ですから、一番良い時代に結婚をし、子供達を育て上げたのでしょう・・。
 日本で育った息子さんや娘さん達も、今では世界各国で御活躍なさっているらしく、冬に成るとナヌワニさんは孫に会う為に、オーストラリアとインドネシアへと旅に出るそうです・・。
 奥様も一度お会いした事が在りますが、流暢な神戸弁を御使いに成るインドネシア人の奥様で、三人で話しているととっても不思議な気分に成ります・・。
   
 当然の事乍ら、僕より長年日本に居る訳ですから、当然・・日本人としても先輩に当たります・・。
昨日も僕が着けていた、水前寺清子さん柄のネクタイを見つけると、「チーターとひばりちゃんは好きよ!よくドラマも見てたね、ワタ鬼に出てた女優さん(山岡久乃さんの事)が出てた奴とか・・」と、70年代当時放送されていたTBSドラマ「ありがとう」の事を熱く語ってくれました。
 敬虔なヒンドゥー教徒でも在り、神様の話は果てしなく続きます・・。
もう、70歳も過ぎて、悠々自適な日々を送っていらっしゃいますが、様々な物への感謝の気持ちを忘れない其の宗教観は、心洗われる物が御座居ます。
 昨日も、福岡の時代から使っていると云う竹の物差しを見せて頂きましたが、半世紀を生きて居る物差しは、其の激動の時代を物語るには十二分な貫禄を醸し出して居りました・・。



タジマハルのタグですが、NISHITAMA郡だった時代からの物です・・・。

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2007年04月07日  06時22分
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良心の・・・
CATEGORY : [特殊な場所]
2007年03月25日(日)
こんな所に在りました。

2007年03月26日  14時26分
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願い
CATEGORY : [特殊な場所]
2007年03月11日(日)
 東京近郊の調布市と云う町に、深大寺と云うお寺さんが在ります。
深大寺蕎麦と云う門前そばが有名ですが、嘗てはこの界隈も そば粉の産地としても有名だった様です。
 武蔵野の緑と清らかな水に囲まれた、ナカナカ風情の有る観光スポットでも在ります。

 一頻り参道を流してから、お寺さんに伺うと、大量の絵馬が奉納されています・・。

人には色々な願い事と云う物が存在致します・・。
 絵馬と云えば合格祈願や就職祈願などが多く、医学の進んだ現代ですと、病の治癒や子宝を望むものなど等は全体的には減って居る様ですが、人が俗世に身を寄せ合って居る限り、悩みと云う物は尽きないのでしょう・・。

 そんな人々の熱い祈りを眺めていると、一枚の絵馬が目に止まりました。

帰化したいと云う切実な願いが込められていますが、日本名の名前が書いてあると云う事から察するに、ご両親の何れかが外国の方の様です。
 どんな条件で、帰化出来ないのかは存じ上げませんが、まだまだ子供の様なので、一刻も早く願いが叶えば良いなと心を動かされます。
そして三尺三寸お隣に目をやると・・・。

「・・・・・・・・・・・・」
「今年こそ」と云うくらいなので、何年もトライなさって居る様ですが、何と申していいのやら・・。


帰化したいと望む少女は横書きで、黒人に成りたいと云う少年は縦書きで願いを書いて居る所に、物語を感じます・・・。

そんなクロスオーバーした複雑な願いを受けと止める、阿弥陀様の懐の深さを僕も見習いたい物です。

2007年03月26日  14時08分
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社民党本部食堂
CATEGORY : [特殊な場所]
006年07月08日(土)

 昨日は、国会議事堂付近の神社で、近くクランクインする作品の御祓いと打ち合わせが在りました。
 丁度昼過ぎに終わった為に、さて「腹が減っては戦に成らぬ・・」と云う昔の日本人の理論で、お昼を食べる場所を探しました・・。
 
 余り馴染みの無い土地柄と居う事も御座居ます・・。一回行った事が在るのは、森嘉朗元内閣総理大臣が贔屓にして居る鰻屋さん位な物ですが、森の中の離れの料亭で、まっ昼間から鰻なんか食べた日には、狸や狢(むじな)に化かされそうな気配を感じます・・。
 
 とは云え、場所柄、マクドナルド等で呑気にハンバーガーなんか食べて居る日には、世界各国の、反米テロ組織の攻撃に巻き込まれる可能性が在ります・・。
 とは云え、国会周辺です・・。と無い知恵を絞った結果一件だけ安全な店を思い出しました・・。
 
 先日もお話致しましたが、安全は総てに優先する訳です・・。

 そして訪れたのが、社民党本部の在る、社会文化会館です・・。
我々中年には、社会党本部と云った方が、馴染みの深い所です・・。

 永田町の中でも、北の脅威の最も少ない場所です。しかも食堂は地下なので、あらゆる上空からの急襲にも安心して食事が出来ます。
 学が無いのでイデオロギーの話は良く解りませんが、入り口は歓迎ムードです。

私の様な、ノンポリの古風な思考をのオジサンでも、社会主義は飯を喰わせて呉れる様です。
 感受性と想像力だけは異常に進化して仕舞って居る私には、終戦直後の朝鮮半島各地で、飢えに苦しむ子供達にお粥を分けて呉れた、オモニの愛情と同じ物を感じずには居れません。
 有難い時代です・・。扉を開けて、薄暗い地下の階段へと進みます。
 
 公安に免許証番号を控えられて仕舞っているドジな私でも、自民党本部には、撮影で二度ほど行った事が在ります。 与党には警察の皆様の厳重な警備体勢が敷かれて居る為、容易には中には入れて貰えません。
 そんな事情で 政権与党は、お腹が空いたからと云う理由だけで、私の様な河原者の雑民に対して、飯を施して呉れる様な事は間違っても仕手呉れません。


私の様な、ノンポリ野郎は、階段を徒歩で下って食堂を利用させて頂きますが、福島代表は右手に見える深紅のエレベーターを御利用に成るのでしょう・・。
 常に革命の心を忘れない、党の姿勢に感銘を受けます・・。
床のレッドカーペットは、国会議事堂に対するオマージュなのでしょうか・・。一時も国政を忘れないと云う戒めの様にも感じられます。
 
いよいよ、席に付きますが、メニューは北朝鮮とは違い以外と豊富です・・。
 ビビンバや平壌冷麺は在りませんが、うどん・そばを始め、海老フライ定食や鰻定食迄在ります。アルコールも、日本酒とビールが在る様です。
 地球温暖化防止に配慮して居る為か、チョツピリ薄暗い感じが致しますが、70年代初頭デザインと思われる、黒いビニールレザー張りのダイニングチェア−からも、社会主義なムードを微妙に醸し出して呉れても居ます・・。
 土井たか子先生も御多忙な選挙期間中に、此の食堂で素うどんを啜り乍ら、天下国家を語って居たのかと思うと、興奮せずには居れません。
 辻元清美議員も、秘書達と食事をする際に、入り口のおばちゃんに人数を偽って申告していたのかも知れません・・。 ここのテーブル達は、其の総てを見守って来た訳ですから、そこら辺の学生食堂や社員食堂とは、伝統と格式が違います・・。
 
 
 壁に張られた、健康な暮らしを奨励する貼り紙の数々に、学校の保健室に通ずる物を感じますが、党員の健康と成人病予防と居う命題に賭けている、福島代表の愛を感じます。

 取り敢えず、空腹を満たす為に豚のショウガ焼きを発注致します、600円とは流石社会主義なリーズナブルな価格です。しかしブルジョアジーのシンボルとも言える、アイスコーヒーは、350円と云う制裁価格が取られている様です。

 予想以上にちゃんとした、ショウガ焼きですが、豚肉自体も脂肪分の多いロースの部位では無く、党員の健康に配慮したショルダーに近い部位を使用して居る様です。 食感からして、更にコレステロール値も低く、あの将軍様も奨励して居るダチョウの肉にも思えますが、酒浸りで麻痺した私のロクでも無い舌では、其の味の違いは判別する事は出来ませんでした。
 肉の大きさに対しても、関係諸外国に対する配慮を感じずには居れません・・。

 ようやく、安全な場所での食事を終えると、革命の血の色を思わせる、紅のエレベーターに乗り、正面玄関から出ます・・・。
 正面玄関には、山口乙矢青年に命を取られた、淺沼稲次郎委員長の彫像が鎮座まします。
 頭上で時を刻み続ける秒針に、死して尚 革命の動きを止めては行けないと云う、淺沼委員長の意志が伺えます。
 

食後の一時に、深い歴史と因果を感じます・・。
 
 入り口周辺には、「関係者以外立ち入り禁止」と2ケ所も書かれていますが、地下の食堂で同じ釜の飯を喰ってしまった此の私は、ニワカ同士として、大手を振って社会文化会館を後にした訳で御座居ます。
 
 お近くにお立ち寄りの際は、是非御利用下さい。デートコースとしても別れ話をするのに最適です。



 オマケです
地下鉄の永田町の駅の売店の画像です。

 永田町では、日本経済新聞の次に人気があるのが、東スポの様です。
日本の立法の中心部に、最もスピーディーに情報を伝えて居るメディアは、東スポだったのです。 
 東スポ侮れません・・。


2007年02月24日  20時13分
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東映東京撮影所
CATEGORY : [特殊な場所]
2006年04月04日(火)
 昨日は午前中ロケで、埼玉県の某建て売り住宅分譲地で撮影をしておりました。
生憎の強風の為、大変な撮影でした・・。昨日の様なロケセットと居う場所では、
 大前提として、現状復帰と居う事となって居る為、穴を掘ったり、杭を打ったりと居う事は出来ません。
 その為、柵を立てたり、庭木を立てたりと居う時も、総ては自立式で、
重り(ウエイトと呼んでいますが・・)で固定します。一個10キロぐらいの鉄の固まりですが、昨日は突風で大変な目に合いました。  風だけは誰にも止められません・・。
 もう一つ凄かったのは、黄砂です・・。中国かと思う程に、畑の砂を巻き上げて遠く彼方が黄色く霞んでいました・・。恐るべし埼玉です・・。
 と云う訳で、ロケが一段落付き、メルちゃんを残して スタジオに先に戻り、作業も終わって一段楽し、東映東京撮影所の所内案内図を眺めていると・・、

何と・・1st(1スタ・・・スタジオの略です)の裏に理髪室を発見!!

早速探検です・・。どんな理髪室なのか興味は深まります・・。
なんと云っても、東映ですから、恐らく戦隊物に出て来る様な、両手に鋏を付けた改造人間か、ヤクザっぽい風体の梅宮辰夫みたいな不良番長か・・期待は高まります。
 在りました・・が・・

余り営業している風では在りませんでした・・。

 スタジオの方に聞いてみると、たまに営業して居るようで、所外からのビジターのお客様も来る様です・・。
 角刈りとか頼むと良いのでしょうか・・。きっと、昭和な感じが味わえる事でしょう。


2007年02月01日  07時23分
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鈴木清順
CATEGORY : [未選択]
 昨日は、世間一般では休みと云う事ですが、私達五反田BRANCHでは自由参加の学習会と云う事で、本郷の東大博物館に行って参りました。

東大に行く切っ掛けは、先日酒場で知り合った、不審な酩酊した男が差し出した名刺でした。
 彼の肩書き「東京大学総合研究博物館・館長」と云う物でした。
酒場で酩酊し乍らも、自分の運営する博物館のPR活動を怠らない館長さんの心意気に感動しての勉強会な訳です。
 勉強前には取り敢えず腹ごしらえです・・。学内に入るや否や学食に直行です・・。
今年に入って、京大の学食と東大の学食を制覇する事に成るとは夢にも思っていませんでしたが、頭の良い人の食べている物には興味が在るので、先ずは学食の調査です・・。

久々の手を付ける前の模範的な画像ですが、大量のヒジキに驚愕です・・。
これが頭のイイ秘密なのでしょうか・・。日本の未来も明るいです・・。

食べたら勉強です。学内でも端に追いやられている博物館を探して、我々は進みます。
 日本でも有数な資料を収蔵し乍らも、日本一分類の出来て居ない、ダメダメな博物館です。現在の展示内容も、骨格標本の展示が主で、よくぞ出し惜しみして居たなと感心させられる様な充実した内容なのです・・。
 そこいらの、最近出来たレプリカだらけの博物館とは違い、歴史の在る博物館なのです。標本箱の中の骨が包まれている新聞紙自体も発掘当時の物で、新聞紙自体も文化的に価値の在る研究材料だったりするのです・・。恐るべし東大
 館内のボランティアスタッフの方に伺ったのですが、在学中に訪れた事の無い学生も多く、学内でもその存在と、収蔵品の全容は把握出来て居ないと云う、世界的にも稀な博物館と云う名を欲しいままにしている様なのです・・。
 日本中にある、レプリカだらけの偽装博物館を建設するよりも、東大博物館の分類仕切れて居ない収蔵品を、展示する方が、学術的には価値の在る事だと思いますが、如何な物なのですかね・・。残念で成りません・・。
 我々の勉強は一ケ所では終わりません、小学生の社会科見学並みに、次成る目的地に移動します。東大の弥生門を出た所に、弥生美術館と云う美術館が在ります。此の美術館は私の大好きな伊藤彦造、樺島勝一、高畠華宵と云った、大正・昭和初期の挿絵画家の作品を多く収蔵して居り原画も見る事の出来る、マニアックな美術館なのです。今行われている展示物も岩田専太郎さんの作品展です。彼の戦前戦後に渡る画業を目の当りにできる機会も中々在りませんが、画家の生涯を振り返ると云う物は、同じ美術の世界に生きて居る者として、色々な事を考えさせられます。
 作品に見入っていると、随行していたアヤちゃんが興奮した面持ちで近付いて来ました。興奮した彼女の口から発せられた言葉は「清順さんが居ました・・・」です。
 まるでツチノコでも発見したかの様な興奮振りです・・。因に清順さんとは日本を代表する映画監督の鈴木清順監督です。
私にとっては神様です・・。が此の美術館の一般のお客様にとっては只の病を煩っている老人でしか在りません・・。私が小学生の時、テレビの映画放送で「東京流れ者」を初めて観た衝撃から、今日に至っている訳ですが、彼の影響無しに今日の映像表現は語れない物が在ります。 
 私も有り難い事に、清順監督の作品では在りませんが、「ハーケンクロイツの翼」と「バラメラバ」という作品で、御一緒させて頂いた事が在ります。
清順さんは「ハーケンクロイツの翼」の中では主役の仲間のタチの悪い爺さんと云う役柄でインチキな茶道の家元と云う役柄です。その爺さんが己の心中を述べる場面が在るのですが、次の瞬間に壁が倒れて真っ白い世界成るのは、私の清順さんに対する熱いオマージュです。
 作品を見ている時は、声を掛けるのも失礼なので、階段の踊り場の椅子でお休みに成っている時に、御挨拶させて頂きました。老人なので勿論 私の事等覚えて居ないと思いますので、身分を紹介して、現状の話を伺いました。
 因に現況は、体調も宜しくないので映画を撮る予定は無いそうです。
この様な状況では、遠巻きに写メールを撮るのが最近の一般の悪い作法ですが、相手は病を煩っている老人です・・。話し掛ける事に由り、自分の存在意義を再認識して頂けるものと判断して、話し掛けてみました。これで寿命が一日でも延びれば良い事です。
 しかし、あの御高齢とベストでは無い体調であり乍らも、美しいものを求めて美術館に足を運ぶ姿勢に感銘を受けます。生涯勉強なのでしょう・・。頭が下がります。
 
 勉強の後は御通夜です。
仕事仲間の奥様がお亡くなりに成り、府中市の葬祭場に向いました。40代半ばで癌に蝕まれたらしく、残された御主人様の心中を察すると不憫で成りません。
 まだまだ やり残した事は在ると思いますが、話し相手を失うと云うだけで、辛い物が在ります。
離婚を選択する世帯が多い昨今、本当に仲の良い家庭を築いて居ただけに、残念でなりません・・。
 通夜と云えば献杯な訳です。
 イイ年になり、様々な葬儀に参列すると痛烈に感じますが、私の死んだ時も、私を肴に笑顔で酒を飲んでくれれば嬉しいと感じるので、容赦無く飲みます。
 昨晩も通夜に参列していた大道具のフクちゃんと御弟子さん達とで、百草園の桜寿司さんへ移動して、深く語りました。まだまだ語り足りない事が沢山在る、今日この頃です。
 ヒジキやら骨やら清順やら御通夜やら献杯やら慌ただしい一日でしたが、本日は告別式です。 参列出来ませんが、心中よりのお悔やみを申し上げます。

2007年01月21日  09時42分
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