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2017年06月28日  04時15分
トモゾウと大介
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 時より薪で焚く風呂に浸かりたくて銭湯に行きたく成ります。


家の都市ガスで焚く風呂とは何だか違う様な気はするんですけど・・・唯単に湯の温度が高いだけかも知れません。


 本当は水質も影響しているんでしょうから、色々な点で違うんでしょうが、公共的な温度な為、自分では調節が利かないと云うサディスティックな所が銭湯には在って、わざわざ熱いのを解って居て我慢し手入ると云う、実にマゾヒスティックな欲求が入浴する側にも求められるのでしょう。 そんな事はどうでも良いのですが、正月三日の日曜日の夕暮れ時、湯船から上がって脱衣所に行くと、80は裕に越えた老人と20代後半の若者が脱衣所に入って来ました。
 老人の方はちびまる子ちゃんのトモゾウさんを見たいな風体の老人で、若い頃は結構威勢の良さそうな感じの老人で、若者の方は宮川大介似の風貌の良く居るタイプの若者です。


 「トモゾウさん(仮名)椅子座って下さい」


宮川大介(仮名)が銭湯の脱衣場に良くある丸椅子を差し出すと、トモゾウはちょいと腰掛け乍ら靴下やシャツを脱ぎ始めました。 何時も通りの慣れた感じです・・宮川大介が「体温計って下さい」と体温計を差し出すと脇に挟んで体温を測り始めました。 「後血圧も測ります・・」大介が声を掛けると上の空で頷いていました。


 どうやら孫とか親族では無く介護のヘルパーさんだった様です。


大介もパンツ一枚でしたから、恐らく一緒に風呂に入るのでしょうが、正月から仕事と云え・・実に大変な労働です。


 あのぐらいの若者だと、親と一緒に温泉すら行かないと思いますから、赤の他人の老人の介添えをし乍ら1時間ぐらい銭湯に居ると言うのも可成りの割り切りと体力を要する事でしょう。
 トモゾウの家族はそれなりに介護の会社に料金を支払って居るだろうから・・半日ぐらいでも1万三千円は掛かっている事と思います。


 しかし、派遣の宮川君はせいぜい千円ぐらいの時給ですから、責任の割には重労働な気もします。 
 まあ、三が日ぐらい家族の負担を軽減させる為にヘルパーさんを頼んだりして居るかと思いますが、世の中大変な時代に成って居るんだなと・・つくづく感じました。
 人の役に立つ仕事をしたいと志してやって居るとは思いますが、足下も覚束ない老人を引率して銭湯に行くなんて自分にはナカナカ出来ません。
 万が一、洗い場で滑って転んだらとか・・・湯船で脳溢血で倒れたらとか・・責任は負い切れません。  咄嗟に動ける様に、ホールド感のある上履きと単パンで洗い場に入りたい所ですが、銭湯にそんな格好では野暮もいい所です。
 正月が来る度に、餅を食うのも風呂に入るのも命懸けに成るんだなと感じる40台最後の三が日でした。





























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2016年01月04日  09時46分
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お手軽冷やし中華
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今月は図面に忙殺されていたので全く酩酊街道を書いて居なかった事をやや反省。
とは言え喰い物の話が続くのも如何な物かと思いながらも・・・本日は冷やし中華です。

 ボチボチ秋に成るというのに・・・うちの近所の100円ローソンで売られていた「お手軽冷やし中華」
105円から更に30円引かれていますから、75円ですよ。


 通常麺だけ買っても60円はしますから、流通コストや錦糸卵やハムや汁の値段を足したら原価割れしているんですかねぇ。
 
 先日も定価250.000円するビルトインタイプのガスコンロを2台注文する羽目に成ったのですが、単純に2台で50万円ですよ。
 25万円のビルトインコンロですから10年は楽に使える商品ですから1年で2万5千円。1日の使用料は68円。
一日3食料理を作る人にとって見れば・・1回の使用料23円。
 お手軽冷やし中華が75円ですから・・ガス器具の使用料23円(燃料費別)は安いか高いか微妙ですな。

そんな話では在りません・・・。

 25万円のビルトインコンロがインターネットで調べたら103.000円だったのです。

ネットの通販で・・着払いが条件で・・・到着日が指定できなくて、返品が利かない・・・。

 凄い商売が在ったものです。

要は、
 ◯代引きなので、現金を持った責任者の居ない取り付け先に直送できない。  
 ◯送料無料と言いながら・・巧妙に代引き手数料で運送屋さんに利益が出るようにしてある。  
 ◯販売店の倉庫ではなく委託の物流倉庫なので発送日が断言できない。
 ◯最近のお約束・・開封後の返品は利きません。
 
その為何回か取引の有るガス器具屋さんに見積もりを取った所・・1台134,000円が限界とのこと。

 その差額実に6万6千円ですよ・・。
30世帯有るマンションでしたら更に莫大な額に成るわけです。

 嘗ては建築メーカーはその付帯する設備費で儲けを出していたわけですが、エアコンだろうがガス器具だろうが電気器具も全部 ネット量販店の価格が基準に成って来ていますから、全く商売になんか成らないそうです。
 昨日も金物屋さんの御主人が、最近は鋸の鋸が使い捨てだから・・目立て屋が商売に成らずに廃業していくとボヤイておりましたが、その金物屋さんもボンド(接着剤)と爪切りが100円ショップで売る様に成ってから・・殆ど出なく成ったので売るのを辞めたと仰ってました。

 こちらも金物屋さんの気持ちは死ぬ程解りますから・・責任問題を問われるぐらいならお客さんに「ネットで探して買ってきて貰って良いですよ」と答える事にしてますよ。
 
 右から左に伝票を回すだけで20%利益をあげていた事も問題が有るんでしょうが、昔はまだどこの問屋や商店も在庫を抱えていました。
 在庫を置かなくなって・・・メーカー直送なんて事なんですから、安く出来て当たり前なんでしよう。

 昔なら配達のオジサンも・・配達のトラックも・・配達の倉庫も自社管理ですけど今では全て業務委託です。
 そんな結果・・・75円の冷やし中華なんて変な商品が生まれてきたり・・。
中国製のビジネススツールを20脚買ったら100個必要なキャスターが合計で3個足りなかったり・・。
 色々な事が起こるわけなんでしょうな・・・。

それでも需要と供給は成り立っているんですから文句を云う筋合いではないのでしょうかねぇ。

 何れ淘汰されると信じておりましたが・・自分が淘汰される方が早かったりして・・・。
それも又世の習いですなぁ。

 しかし・・「お手軽」とは良く見出した日本人的な言い回しですね。





































2013年09月24日  16時11分
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梅屋敷 寿し平
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 梅屋敷に移ってから、寿司に対する考え方が大きく変わったのは紛れも無い事実です。

理由は海苔。

 この町の寿司屋さんは、本当に海苔に対する拘りが尋常では無いからです。
 そりゃぁ、どの店も30年以上暖簾を出している店ですから、地元の海苔屋の旦那衆相手に寿司を握って来た職人さん達です。  
 下手な安い海苔なんかで巻きもんを出した日には、折角切ったシャリと‥‥朝から仕入れたネタの値打ちも台無しに成るからです。
 
 そんな事も在りまして、何軒も地元の鮨屋さんの暖簾を潜って来た訳ですけれども、先日伺った店は「寿司平」さんと言う、ご家族二代でご商売なさって居る寿司屋さんです。
 元々先代の御主人は地元で海苔漁師をなさっていた方で、立派な海の男です。

 今の大森近辺が嘗て漁村で在ったと言う事も、ナカナカ想像が付き難く成って仕舞いますが、オリンピックの開催が決まり、漁業権を手放すまでは、江戸前の浅草海苔の産地として活況を呈していたのです。
 
 そんな先代の後を継いで、僕と同じ年頃の若旦那が若女将さん・・大女将さん(若旦那のお母様)と共に四人で切り盛りなさって居るアットホームな寿司屋さんです。
 
 若旦那も寿司業界だけではなく、永年の割烹の世界で武者修行をされて来た方ですから、単なる町場の寿司屋さんと云った単純な認識で居たら大間違いで、付け出しから煮付けから・・並のレベルではないのです。
 先日は「鰹」狙いで伺ったんですが、生憎早い時間に全部捌けちゃったらしく、寂しさに打ちひしがれて居るsasakittyに対して出して呉れたのがこれ・・・。

 マグロの赤身を軽く炙って、大根おろしとポン酢で頂くのですが・・・これが絶品。

 普段は食い物の画像なんかハシタナイので撮りませんが、前伺った時・・酩酊街道に書けなかった事を後悔して‥‥今回は撮っています。

 そして・・「今日は何もないよ〜!」と若旦那が仰っていたので、お任せで握って貰いましたが、一発目の穴子に先ずヤラれました。
 
 軽く炙った穴子ですが、口元に運ぶ瞬間ほのかに柚子の香りが鼻に抜けるのですよ・・・・。

この店の若旦那は「香り」楽しませる技を数多く持って居るのです。
 余りの衝撃のため画像はありません・・・。

小鰭の〆具合も・・エビの蒸し具合も素晴らしいのですが、終盤戦立て続けに出てきたのが干瓢巻きと雲丹とイクラの軍艦巻・・・。
 あんまり寿司屋さんで干瓢巻きなんか食べた事ありませんでしたが・・・素晴らしいのですよ・・。
真っ黒なまでに煮染めた干瓢の甘みと・・・海苔の香りと歯応えが・・こんなにも干瓢巻きというものが
奥深い味わいなモノかト云う‥‥今まで体感した事の無いモノでした。
 
 玉子をスイーツにあがりを頂いて、至福の時は終わるのですよ。
江戸前ト云う文化は素晴らしいですなぁ。
 
 師匠から教わっただけでは表現し切れないのが、寿司職人とバーテンダーの世界だと思いますが、今の40台半ば頃の職人さんは、実に良いバランスの遊び心とセンスの良さが在りますなぁ。
 我々酔客も、ナカナカその良さを引き出す事は難しいんでしょうが、作り手とのセッションが楽しめる素敵なお店でも在ります。

 寿司平
大田区大森中 































2013年05月22日  14時30分
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大日本プロレス 「マクベス」
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遂に始ります大日マクベス・・・。
 大変お待たせ致しました。
今回は、前作「ロミオVSジュリエット」前々作「リア王」と続いた、大日シェイクスピアシリーズの最終決戦です。

 そして佐々木プロデューサーに突きつけられた、登坂統括部長からの挑戦状は「2daysやれませんか?」と云う恐ろしいモノに・・。
 数々のエンターティメントプロレスが試みられている昨今、WWEでも2Daysは当たり前ですが・・我らの作品はデスマッチです。
 同じ形式を2日やる訳には行きません。
売られた喧嘩は子供からでも買うのがsasakittyですから、思案の日々に入りました。
 「思案」と変換すると「シアン」と出て来るぐらい、ブルーな日々が続く訳ですが、
そんな在る日、大会の始る前の後楽園ホールの廊下で、試合前の関本大介選手と擦れ違って挨拶した瞬間に、閃きました・・。
 そうです・・。
大日本には今や・・「ストロングBJ」と云う脅威の二枚看板が居るのです。
 
 そう考えたら胸の仕えは一気に取れて・・2つの物語が誕生した訳です。

「2つの真実、二人のマクベス!!」

今回は、「デス・マクベス」と「ストロング・マクベス」二人のマクベスの物語を御覧に入れます。 ご期待下さいませ!!。


マクベス~MACBETH~
11月29日(伊東マクベス)・30日(関本マクベス)
横浜赤レンガ倉庫1号館3階ホール
18時半開場 19時開演 
上演時間2時間半(休憩15分)

2008年『リア王』2009『ロミオVSジュリエット』に続く2年ぶりの流血のシェイクスピア最終章。3部作の最終章となる本作は、4大悲劇のひとつであるマクベスをかつてない2DAYSWキャストで開催する。デスマッチファイターである伊東と、ストロングファイターである関本は当然ストーリーも試合形式も変わることが予想される。またマクベス夫人といえばオペラのモデルにもある希代の悪女。佐々木貴と李日韓がどのような"悪”を演じるかも見逃せない。原作では己の野心に溺れてゆくマクベスが、2人のレスラーによってどう表現されるのか、必見の2夜。

Wrestler&Actor

29日伊東マクベス マクベス 伊東竜二/マクベス夫人(パートナー)佐々木貴/バンクォー アブドーラ・小林/マルカム王子 竹田誠志/マクダフ 葛西純/ロス 谷口裕一/ヘクター 宮本裕向/アキレス 木高イサミ 

30日関本マクベス マクベス 関本大介/マクベス夫人 李日韓/バンクォー "黒天使”沼澤邪鬼/マルカム王子 石川晋也/フリーアンス 岡林裕二/マクダフ X(未公表)/ロス シャドウWX/ヘクター 佐々木義人/アキレス 忍

両日出演 ダンカン王 MEN’Sテイオー/老シーワード グレート小鹿/ヘカテ 大黒坊弁慶/魔女U・マキコ 星野勘九郎/魔女H・スヤマ 八代進一(花組芝居)/魔女M・サヨコ  大井靖彦(花組芝居)/魔女の分身 バラモンシュウ・バラモンケイ/ピアニスト 小川類/潜水夫 ボクデス/レノックス レノックス 大橋篤/ケイネス 河上隆一/メンティス 橋本和樹/アンガス 塚本拓海/ピーター 大谷将司/セバスチャン 新土裕二/デスかも

TICKET特別リングサイド 7000円
A指定席 6000円/自由席 4500円
立ち見席(当日券のみ)3000円
BJ-SHOP横浜 チケットぴあ ローソンチケット イープラス 

 マクベス原作スコットランドの将軍マクベスと友人バンクォーは、陣営に戻る帰路、荒野で三人の魔女に出会い『マクベスはコーダーの領主となりいずれスコットランドの王になる、バンクォーは王にはなれぬがその子孫は王になる』という予言を受ける。ひとつめの予言はすぐに現実となり、マクベスは王位への野心を抱き始める。これを聞いたマクベス夫人は、ともすれば気弱になる夫を奮い立たせ、力づくで王位を手に入れようとダンカン王暗殺を企てる。/父を殺された王子マルカムは命の危険を察知し他国へと逃げ延びる。忠臣マクダフは、マクベスのことを不審に感じる。

王位を手に入れたものの子を持たないマクベスは、このままでは魔女の予言通りバンクォーの息子に王位を奪われることになると、バンクォー親子に刺客をさしむける。王就任の祝宴の席でマクベスはバンクォーの亡霊を見てとり乱す。

不安から逃れたい一心で、マクベスは再び魔女のもとを訪れる。そこで『マクダフに気をつけろ』『女の股から生まれたものにマクベスは負けない』『バーナムの森が動かぬ限りマクベスは滅びない』という予言を受ける。/マクダフは亡命した王子達を説得し王位奪還の闘いが始まる。予言を信じるマクベスは虚勢をはり続けるが、敵軍が身につけた木の枝をバーナムの森が動いたと勘違いし覚悟を決める。そこでマクダフが女の股ではなく帝王切開で生まれた真実を知りはじめて自分が魔女たちにかどわかされてきた事に気づくのだった。



















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2011年10月04日  16時44分
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永仁の壷事件
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以下、引用です
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 大正12(1923)年、10年程前に発見されていた、永仁2(1294)年製と銘打たれた日本の古陶磁の中で最古の2つの瓶子が、小山富士夫文部技官によって重要美術品として提案される。
 小山が永仁銘瓶子を真作であるとする根拠は、瓶子の発見者であり小山に永仁銘瓶子を引き合わせた陶芸家加藤唐九郎が窯跡から発掘した大量の陶片と、永仁銘瓶子の素材の質の一致であった。
 しかし、国宝保存会議は銘文の記し方などに疑問を持ち、重美指定を否決した。昭和34(1959)年、美術品の海外流出が顕著となっていた時代背景の中、2つの永仁銘瓶子のうち1つの所在が不明となったことを知った小山は、もう1つの永仁銘瓶子の海外流出を懸念して重要文化財の指定を推奨し、永仁銘瓶子は重要文化財に指定された。
 同年行われた展覧会への重文としての出品が、永仁銘瓶子の疑惑を再び加熱させた。疑う理由は、銘文の不自然さ、形態、重量の不自然さなど数多く上げられた。この瓶子が発見された愛知県の地元研究グループが調査を行い、その結果、小山が根拠とする陶片の真贋も含め、加藤唐九郎に対する贋作疑惑が強まった。
 昭和35(1960)年、加藤唐九郎の長男が贋作制作に携わっていたことを暴露し、次いでパリにいた唐九郎も永仁銘瓶子は自らの手による贋作であることを告白した。昭和 36(1961)年3月、永仁銘瓶子の重要文化財指定が取り消された。
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 その関係者の一人に、窯業の技術研究を生業として居た、私の爺様●●壽男氏(検索用に匿名)も居たらしく、何個か製作した物の一つを頂戴したそうです。

 別に、壷を古物商に売って,一儲けしようと思った訳でも無いそうですから、作品と言う物は何時の時代のどんな物でも一人歩きして仕舞う物なのでしょう・・・。

 その爺様も、喧嘩っ早かったらしく、窯業を基軸に「耐火煉瓦」「碍子」「ガラス」等の技術開発で大正・昭和の産業の発展に「技術屋」として、尽力しつつも放蕩の限りを尽くし・・・行方知れずに成る事屢々(しばしば)・・・子供達の就職の為に、夫婦は籍を抜き・・・事実婚と言う、実に奇妙な境遇だったそうです。
 大正〜戦前なんて、そんなドラマが一杯在ったのでしょうな・・・。 

 ト云う訳で、本日の画像は・・・

 私の祖母・タマエさんが、愛知県の知立駅前で営んでいた「玉夕」と言う飲み屋の燐寸・・・。

 カレコレ40年位前に製造された物ですが、親戚の家では未だに実戦配備されていました・・・。

 ライターなら使い物には成りませんが、マッチは丈夫なんですな・・・。

何とも言えない気持ちです・・。


 因に二つの家紋の意匠は・・・。

「丸に鷹の羽」は母方の実家の紋ですが「違い鷹の羽」に成っています。
そしてもう片方が・・・
 偶然だか、佐々木の分家に多いい「丸四つ目」と言う紋です。

 娘の嫁ぎ先の事を気にして造ったとはとても思えませんから、何かの偶然かと思いますが、奇怪な物です。
2010年08月16日  06時41分
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子供への影響力
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昨晩、事務所に戻りメールをチェックしていた所、一昨日の「大日本プロレス後楽園大会」に息子さん達と来て呉れたディレクターの方から、選手達と撮影なさった画像を頂きました。
 子供の肖像ですので御覧頂けませんが、あんなに目がキラキラして興奮している表情を観るのも久方ぶりな素晴らしい写真でした。
 美術を通じてエンターティメントの仕事に携わっていますが、矢張り楽しんで頂けたお客さんの顔を見るのが何よりも代え難い酒の肴な訳で、本当に嬉しい瞬間でもあります。
 テレビという媒体では、なかなかお客さんの顔が見えませんが、芝居や興行やライブなんかの仕事に携わると、拍手を頂いた事の有り難みは堪らない物があります。
 裏方でもそう感じる訳ですから、役者や選手や演奏家はヤメられない訳です。

 そんなsasakittyが初めてライブの興行に連れて行ってもらったのは、10歳の時でした。
 以前にも書きましたが、父の飲み仲間の大手ゴム製品メーカーの跡取り息子さん(当時)達に御招待して頂き、川崎球場に大洋ホエールズの試合を見に連れて行って頂いた事が切っ掛けでした。 
 天気の良い祭日のデーゲームだったせいも在るのでしょうが、未だに・・ナイターよりもデーゲームにビールを飲み乍らグランドを眺めている一時が、とても幸福に感じるのです。

 その時もう一つ巡り会った物が、このキャラクターです。







 正式名称がなんと言うのか知りませんが、1976年頃から採用されたWHALESのペットマークです。

 当時、ホームランを量産しスタープレーヤーとして頭角を現し始めた田代富雄選手を意識したデザインです。

 1977年頃と言えば、SANRIOさんでもパティー&ジミーのシリーズが人気を博していましたから、大洋球団が真似したのか・・・ハタマタ大洋球団が正式にSANRIOさんにデザインを依頼したのかは、30年以上を経過した現在では知る術も在りません。



 因にコチラがパティー&ジミーです・・・。





 ジミーの方が、アフロっぽい髪型ですから当時の田代選手に似て居るのですが、田代選手が一軍に昇格したのが1976年で、パティー&ジミーが商品開発されたのが1974年・・・でも田代選手が入団したのは1963年ですから、更に微妙です。
  
 何れにしても、当時の他の球団のキャラクターの中で、格段に可愛く垢抜けていたのが、微妙な立ち位置の大洋だったのです。



 1977年当時のユニフォームの袖のマークが「丸は」マークから件のペットマークに変更された事が在りました。
 当時は単純にリニューアルと受け止めていましたが、球団の株式を45%も西武(国土計画)に買われた為に「丸は」マークを外した、大人の事情が会った事もつい最近知りました。
 

 と言う訳で、KITTYが好きなのもWHALESが好きなのも、オレンジ色が好きなのも、全て野球場に連れてってて呉れたお兄さん(当時)が切っ掛けですから、大人が子供達の人生を変えて仕舞うという事は、たった一日、一回だけの事でも起こりうる事なのです。
 
 子供達や社会に与える影響を、大人達は常に忘れては行けませんな・・・・。

 追記
 昭和52年当時・・・跡取り息子のお兄さん達は若手社員としてバリバリやっていた時代でしたが、上のお兄さんは現在社長と成り、大人なら誰でも知って居る有名なメーカーを牽引され、弟さんは取締役として、お兄様をサポートしていた様ですが、数年前に他界されたと云う事を、先程ネットで調べて居て知りました。 
 未だ働き盛りだと云うのに、本当に残念な限りです。
   お会いして、お礼が言えなかった事が今更乍ら悔やまれます。
2010年03月21日  06時48分
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はだか先生
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 昨日は、歌うスタンダップコメディー寒空はだか先生の上級者向けライブと云う物を拝見させて頂きました・・・。
上級者向けと云うだけあって、客筋も厳選された「サムハダ」フリークのお客様である意味異様な雰囲気でした…。
なんでもそうなんでしょうが、お笑いのネタにも、ランクが在るらしく、今後 「決まり物」に昇格して行くであろう、新ネタをグダグダになりながら堪能させて頂きました・・。
 とても、所見のお客様には見せられないが・・・マニアだと物凄く笑えると言う・・・そう云った意味での上級者イベントと云う事なのでしょう・・。
 ライブ後も、S級の論客のお姉様と先生を囲んで一杯飲ませて頂きました。

 エンターティナーと云うよりも、求道者としての先生の姿を垣間見れた事に、喜びと感動を禁じ得ません・・。
 特殊な面白い人達に囲まれて本当に幸せな毎日です。
感謝!。

画像は、7月27日に開催される「 寒空はだかカラフルロスタイムショーVOL.11 with 遠藤賢司&清水宏」のチラシです・・。
詳細はコチラ・・・ 寒空はだか公式サイト
2008年07月15日  08時05分
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訃報
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 人生なんて本当に計画通りには行かない物です・・・。
12月3日未明。
私の母、佐々木由美子が脳内出血に因り死亡致しました。
1937年生まれで在りますから、享年70歳で御座居ます。
 以前より、家系的に脳卒中が懸念されていただけに、対処し切れなかった事が悔やまれるばかりであります。  
 生前よりイサギの良い女でしたから、自分が老いて行く事や、ボケが始まる事に対しては、可成りの嫌悪感を持ち合わせて居りました・・。
 負い目を感じる事なく旅立てた事は、彼女にとって寧ろ良かった事なのかも知れません。

 僕も、一言も喋らない母の口に喰い物を突っ込んだり・・・、糞に塗れたケツの穴をウエットティツシュで拭かなくても済んだ訳ですから、感謝しなくては行けません。
 若い頃から美しい女だっただけに、そんな醜態を曝ける事は彼女のプライドが許さなかったのでしょう・・。
 今も、告別式に向けて 過去の写真をスキャニングして居りますが、昔から笑顔の素敵な女でした。
 
 親だからという甘えを好まない僕も、近年は母親と接する時間よりも、経理部門を司るビジネスパートナーとしてしか接して居なかった事は事実でした。
 今と成っては旅行一つ一緒に行けなかった訳ですから、親不孝といえば親不孝かも知れません・・。
 小学生の頃に、中学に上がったら息子達と3人で車で北海道に旅行しようと話して居ましたが、結局その夢も叶いませんでした。
 代わりに、僕みたいなオッサンなんかより可愛い孫と親戚の家等行って居た様ですから、北海道の件は帳消しにして貰って居る事でしょう・・・。
 
 母は僕に対しては、帳場としての様々な本音を露呈して居た為、優しいお母さんと言うよりも・・・ある種ドライな面で接する機会が印象に残っています・・。 
 会社の将来や家族の今後・・・果ては国家の行く末まで危惧して居られた憂国の女ですから、今頃空の上からケラケラ笑いながら舌なぞ出して居るやも知れません・・・。
 タバコを燻らせ乍ら、酒をこよなく愛する愉快な人でしたから、一緒に飲むのは楽しい時間でも在りました。
 お互い酒飲みですから、「もう一杯 飲んどけば良かったな・・」なんて事位しか、後悔して居る事は無いと思われます・・・。

 そんな案配で、あさって6日18時からが通夜に成ります・・・。
生前より、特定の宗教に囚われない精神世界の人なので、無宗教のお別れ会と云う事と成ります。
 楽しく明るい宴席が大好きだった母ですから、湿っぽく成らずに大いに飲みたいと思います・・。
 それが一番の供養ですから、ご協力御願い致します。
式場は、多摩霊園横の日華斎場と言う斎場ですので、母を肴に楽しい夜に成ればと思います。



 取り急ぎ「だいぜん」さんで献杯し乍ら呑みました・・・。
荼毘に付される迄は、まだまだ酒の匂いを求めて僕らの周りをうろついて居る筈ですから・・。
2007年12月05日  05時12分
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クリエイティブ・・・。
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映像関連の業界で、アートなんて肩書きで糊口を凌いで居るsasakittyな訳ですが、スポーツ新聞も朝のワイドショーも見ない僕には、今時売り出し中の新しい才能なんて物からは、めっきり疎遠な状態に成って居ります・・。
 そんなsasakittyも、全く情報に対してメクラな訳では在りません・・・。
そんな本日のニュースソースは、昔っから中学校の図書室なんかに掲出されて居る「図書館教育ニュース」です・・。


 此の度、栄え在る第一回『日本ラブストーリー大賞』と云う賞を受賞された、キュレーターで文筆業の浜田さんと云う方の記事です・・・。
 授賞式には、特別選考委員の大塚愛さんや、成宮寛貴さん等が参加なさっていた様で、田舎の中学生達には,聞き慣れないクリエイティブディレクターなんて,肩書き迄書かれています・・・。
 長年物を作る稼業に従事させて居りますと、アートだのクリエイティブだの問いう単語が、異様に馴染みが悪くて困っています。
 自分自身もアーティストだなんて勿論思っていませんし、クリエイティブな作業と云う物は,本来神のみが行える行為で、町場の中学生なんかに理解して貰える筈なんか無い様な言葉な訳です。
 アートだのクリエイティブだのの胡散臭い言葉が、図書館教育ニュースの見出しに成っている事自体も非常に笑えますが、多感な子供達が中途半端にヤクザな稼業に憧れて仕舞ったら,些か気の毒で成りません。
 深沢七郎さんが生きていたら,なんてコメントするか聞いてみたい所でも在ります・・。

2007年06月21日  22時25分
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鈴木清順
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 昨日は、世間一般では休みと云う事ですが、私達五反田BRANCHでは自由参加の学習会と云う事で、本郷の東大博物館に行って参りました。

東大に行く切っ掛けは、先日酒場で知り合った、不審な酩酊した男が差し出した名刺でした。
 彼の肩書き「東京大学総合研究博物館・館長」と云う物でした。
酒場で酩酊し乍らも、自分の運営する博物館のPR活動を怠らない館長さんの心意気に感動しての勉強会な訳です。
 勉強前には取り敢えず腹ごしらえです・・。学内に入るや否や学食に直行です・・。
今年に入って、京大の学食と東大の学食を制覇する事に成るとは夢にも思っていませんでしたが、頭の良い人の食べている物には興味が在るので、先ずは学食の調査です・・。

久々の手を付ける前の模範的な画像ですが、大量のヒジキに驚愕です・・。
これが頭のイイ秘密なのでしょうか・・。日本の未来も明るいです・・。

食べたら勉強です。学内でも端に追いやられている博物館を探して、我々は進みます。
 日本でも有数な資料を収蔵し乍らも、日本一分類の出来て居ない、ダメダメな博物館です。現在の展示内容も、骨格標本の展示が主で、よくぞ出し惜しみして居たなと感心させられる様な充実した内容なのです・・。
 そこいらの、最近出来たレプリカだらけの博物館とは違い、歴史の在る博物館なのです。標本箱の中の骨が包まれている新聞紙自体も発掘当時の物で、新聞紙自体も文化的に価値の在る研究材料だったりするのです・・。恐るべし東大
 館内のボランティアスタッフの方に伺ったのですが、在学中に訪れた事の無い学生も多く、学内でもその存在と、収蔵品の全容は把握出来て居ないと云う、世界的にも稀な博物館と云う名を欲しいままにしている様なのです・・。
 日本中にある、レプリカだらけの偽装博物館を建設するよりも、東大博物館の分類仕切れて居ない収蔵品を、展示する方が、学術的には価値の在る事だと思いますが、如何な物なのですかね・・。残念で成りません・・。
 我々の勉強は一ケ所では終わりません、小学生の社会科見学並みに、次成る目的地に移動します。東大の弥生門を出た所に、弥生美術館と云う美術館が在ります。此の美術館は私の大好きな伊藤彦造、樺島勝一、高畠華宵と云った、大正・昭和初期の挿絵画家の作品を多く収蔵して居り原画も見る事の出来る、マニアックな美術館なのです。今行われている展示物も岩田専太郎さんの作品展です。彼の戦前戦後に渡る画業を目の当りにできる機会も中々在りませんが、画家の生涯を振り返ると云う物は、同じ美術の世界に生きて居る者として、色々な事を考えさせられます。
 作品に見入っていると、随行していたアヤちゃんが興奮した面持ちで近付いて来ました。興奮した彼女の口から発せられた言葉は「清順さんが居ました・・・」です。
 まるでツチノコでも発見したかの様な興奮振りです・・。因に清順さんとは日本を代表する映画監督の鈴木清順監督です。
私にとっては神様です・・。が此の美術館の一般のお客様にとっては只の病を煩っている老人でしか在りません・・。私が小学生の時、テレビの映画放送で「東京流れ者」を初めて観た衝撃から、今日に至っている訳ですが、彼の影響無しに今日の映像表現は語れない物が在ります。 
 私も有り難い事に、清順監督の作品では在りませんが、「ハーケンクロイツの翼」と「バラメラバ」という作品で、御一緒させて頂いた事が在ります。
清順さんは「ハーケンクロイツの翼」の中では主役の仲間のタチの悪い爺さんと云う役柄でインチキな茶道の家元と云う役柄です。その爺さんが己の心中を述べる場面が在るのですが、次の瞬間に壁が倒れて真っ白い世界成るのは、私の清順さんに対する熱いオマージュです。
 作品を見ている時は、声を掛けるのも失礼なので、階段の踊り場の椅子でお休みに成っている時に、御挨拶させて頂きました。老人なので勿論 私の事等覚えて居ないと思いますので、身分を紹介して、現状の話を伺いました。
 因に現況は、体調も宜しくないので映画を撮る予定は無いそうです。
この様な状況では、遠巻きに写メールを撮るのが最近の一般の悪い作法ですが、相手は病を煩っている老人です・・。話し掛ける事に由り、自分の存在意義を再認識して頂けるものと判断して、話し掛けてみました。これで寿命が一日でも延びれば良い事です。
 しかし、あの御高齢とベストでは無い体調であり乍らも、美しいものを求めて美術館に足を運ぶ姿勢に感銘を受けます。生涯勉強なのでしょう・・。頭が下がります。
 
 勉強の後は御通夜です。
仕事仲間の奥様がお亡くなりに成り、府中市の葬祭場に向いました。40代半ばで癌に蝕まれたらしく、残された御主人様の心中を察すると不憫で成りません。
 まだまだ やり残した事は在ると思いますが、話し相手を失うと云うだけで、辛い物が在ります。
離婚を選択する世帯が多い昨今、本当に仲の良い家庭を築いて居ただけに、残念でなりません・・。
 通夜と云えば献杯な訳です。
 イイ年になり、様々な葬儀に参列すると痛烈に感じますが、私の死んだ時も、私を肴に笑顔で酒を飲んでくれれば嬉しいと感じるので、容赦無く飲みます。
 昨晩も通夜に参列していた大道具のフクちゃんと御弟子さん達とで、百草園の桜寿司さんへ移動して、深く語りました。まだまだ語り足りない事が沢山在る、今日この頃です。
 ヒジキやら骨やら清順やら御通夜やら献杯やら慌ただしい一日でしたが、本日は告別式です。 参列出来ませんが、心中よりのお悔やみを申し上げます。

2007年01月21日  09時42分
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